走行開始。
まずはテヘランの過密地帯が最初の関門。
交通マナーは、一見メチャクチャなようで実は良い。
信号は守らないわバイクは逆走するわ歩道を走るわ、でも僕は危険もストレスも感じていない、いやむしろ僕の好みに近い。
車優先でも歩行者優先でもなく、相手が誰であれ譲り合っているからだ。
クラクションも鳴るようでそれほど鳴らない。
道路の渡り方はエジプトと似たスタイル。
車は絶え間なく流れ続けているが、うまく間合いを取りながら突っ込んで行けば車はスピードを落としてくれる。
でもまあ、年寄りや障害者が渡れないのは問題だな。
あと、よく見たらイランでは女性も車を運転している。
都市部を抜けるといつもの感じ。
標高1000m超の高原地帯には見えない。
緩やかで長いアップダウンが続く。
登りきって峠に達したら、手招きする人がいた。
行ってみたら、チャイを入れてくれた。
「先に角砂糖を口に入れてからチャイを飲んでみろ」と言われたのでやってみたら、砂糖の存在感が倍増してナイス、これは新しい。
スイカも。
甘い。
最高だ。
「ジャパーン! グッドカントリー!」
とえらい愛されよう。
いくらか払おうとしたら、「金なんかいい、でも日本のコインをくれよ。」と言われた。
そうだ、忘れてた。
世界各地で、日本のコインをくれと言われることがしばしばある。
5円でも10円でもあげたら喜ばれるからコインをたくさん持っておくといいのだが、すっかり忘れてしまって何も持っていない。
すごい交通量。
路肩が舗装されているのが救い。
そして、手を振ってくれるドライバーの多いこと。
この定番メニューにもだいぶ慣れてきた。
タレやソースその他調味料で味付けするという概念がなく、素材だけでなんとかしてしまうところなんかはトルコ料理と共通している。
トルコとは隣国だし、今のペルシャ民族はトルコの血も混じっているだろうから、味覚が似ていても不思議ではない。
深みある味とか旨味といった感覚はしばらく断念しなければならない。
このランチと水1.5Lを買って、トータル10万リアル(259円)。
安すぎる。
そしていつも値段の付け方が適当すぎる。
車が停まり、ジュースをいただいた。
ゴムという街で1泊。
イランは物価は安いが宿代だけがやけに高いようだ。
自力で安宿を探す体力も残っておらず、適当に目にとまったホテルに投宿。
「120万(3115円)。」
やっぱ高い。
「ああ、じゃあいいです。」
「ちょっと待て。いくらならいいんだ?」
「100万(2596円)以下。」
「じゃあ110万。」
「いや、いいです。」
「わかったよ、じゃあ100万。」
100万でも高すぎるが、こういう交渉をしているとなんだか情が湧いてきてしまって、結局100万で泊まることにしてしまった。
僕はいつもこういうところが甘い。
部屋は僕にはもったいないぐらい広くて立派だった。
それでも2000円を超えるクオリティとは思えなかった。
ここでも、街を歩いているとたびたびあいさつしてくれる。
この街にはミニスーパーがけっこうあった。
店員にからまれた。
「オレたちはゲイだ! ジャパーン! イェーイ!」
とアホみたいに騒いで、抱きつかれたりキスされたりした。
「短パンなんか履いて素足を出しやがって。ここはイスラムだぞ。クレイジーな日本人め。」
「クレイジーはおまえらだろ。イスラムでは同性愛はご法度だろ?」
と店内で大騒ぎしてしまった。
そしてここでも、日本のコインをくれ、と言われた。
短パンがよろしくないのは知っている。
こんな格好でモスクには入らないようにはしているが、街を歩いているだけでもよく足を凝視される。
でも暑っ苦しくて長ズボンなんか履いてらんない。
ごめんなさい。
イランのレストランには座敷もある。
座敷と料理を撮りたくて店員に写真をお願いしたのだが、どうも構図が違う。
僕の腕が白いのは、日焼け止めを塗っているからです。
以前、アイスランドからマダガスカルに飛んだ時と同じぐらい、日焼けがやばい。
標高2000mまで登ってキャンプ。
毎日、朝と夜に雨が降る。
タクラマカン砂漠の時もそうだったが、砂漠地帯に限って毎日雨が降るという奇妙な現象をよく体験する。
この日も、夜に雷雨がしばらく続いた。
テントの耐水性は悪くなく、ちゃんと眠れた。
まだ新しいから、今から浸水されても困るが。
それから、交通量やはりすごい。
道路から100mほど離れたところにテントを張ったのだが、一晩中トラックの音が聞こえてきた。
朝は霧。
見るからに痩せた土地だが、一部で農業もやっている。
牧畜も。
Yazd, Iran
2186km