2019年4月30日

ガンビア(Jiboro) → セネガル(Seleti) 国境越え

ガンビア側
緊張感まったくなし、長蛇の行列もなし、小さな建物の窓口でパスポートを提示してスタンプをもらうだけ。

その辺で立っている人に、余ったガンビアダラシを両替してもらった。

緩衝地帯
2kmほど。

セネガル側
ガンビア側と同様、難しいことは何もなし。




Ziguinchor, Senegal



ガンビア

アフリカ大陸最小の国、ガンビア。
秋田県ほどの面積。
人口200万人。

近年、世界のビザフリー化がめざましい。
数年前まで国境が閉ざされていたミャンマーも今やビザフリー。
難関と言われた中央アジアも5ヶ国中3ヶ国がビザフリー。
ブラジルも今年6月からビザフリーとなる(日本を含む4ヶ国のみ対象)。
ロシアもいずれそうなりそうな動きを見せている(?)。

しかし、アフリカではまったくその兆しは見られない。
貧しきアフリカ、お金が大好きなアフリカでは、ビザ代と称して外国人から通行料をたっぷりふんだくりたいのだ。

特にこのガンビアという狭小な国、通行料を取るためだけに存在しているかのような形状をしているではないか。


自転車でも1日で通過できてしまうこの国に、ビザ代6745円とはまるでヤクザだ。
ガンビアを回避して南下することも可能だが、どんな国なのか見てみたい好奇心が勝ってしまう。

15世紀にポルトガルが到来、16世紀にガンビア川の独占通商権をイギリスに売却。
17世紀からフランスが進出して支配権を争ったが、ガンビア川流域はイギリス領のまま保持された。
1965年独立。



フランスの影響が圧倒的なアフリカ北西部においてガンビアが異彩を放っているのは、やはり公用語が英語であるということ。
事前の下調べで知ってはいたが、実際に人々から英語で話しかけられ、看板の文字もすべて英語、というのがなんとも不思議な感じ。

ウォロフ族が多数派のセネガルに対して、ガンビアではマンディンカ族が多数派。
僕には区別つかない。

農村の子供たちも英語で大歓迎してくれる。




せっかく英語話せるのに、こいつら「Give me money!」と「Give me mango!」しか言わねえ。



いつものごとく、海に近づくと涼しい風が吹いて気持ちいい。

ガンビア川の河口をフェリーで渡る。

次々に「Can I help you?」と声をかけられる。
信じるべきか、疑うべきか、慎重に様子を見る。
チケット売り場で並ぼうとしたら、「君は並ばなくていい、こっちに来い」と言う人がいる。
ふつうに考えたら怪しいけど、どうも悪人には見えず、ついて行った。
ゲートを開けてもらい、中に入って謎の人物に50ダラシ(112円)払ってチケット購入。

よくわからないが、わからないことを質問して会話できるということが、なんと楽なことか。
今までフランス語の勉強をサボってきた自分の怠慢に他ならないのだが、まともに会話できずに旅してきたのはやはり大きな損があったと思う。



フェリーのタイムテーブルは不明だが、運良くいいタイミングで来てくれた。


しかし、物資を積んだ車、二輪、歩行者を限界まで詰め込むので、出発までけっこう待たされた。

ガンビアのバスはハイエース。
通常サイズの中古ハイエースに、小さな子供も含めて軽く20人は乗っている。







25分の航行で対岸に。


首都バンジュール。
首都感は皆無。



統計的にはイスラム教が大多数だが、教会も見かける。





最初のイメージでは、ガンビアなんてセネガルよりずっと格下の国だと思っていたが、全然違う。
街はゴミだらけというわけではないし、建物も比較的小ぎれいだ。
セネガルよりずっと整然とした街並み。
通行料を取るだけの国、という発言は撤回。



天然の良港を持ち、水量も豊かなガンビア川を確保した恩恵で経済も良好なのだろうか。
重要なポイントはしっかり押さえるイギリスらしい。

バカウ。






フィッシュマーケットを歩いていると、次々に声をかけられる。
ガンビア人の英語はかなりクセがあるが、それでも日本人の耳には本場の英語よりずっと聴き取りやすく、楽しく会話できる。
公用語が英語とはいっても、現地人同士では母国語であるマンディンカ語やウォロフ語などで会話している。





物価はセネガルより安い印象。
スーパーの商品のラインナップも今までと違う。
イギリスから輸入しているのだろうか。

底辺宿で1泊。
500ダラシ(1119円)。
水道なし、バケツに水が用意されている。
扇風機あり、蚊帳なし。

カメラの性能が良いので明るく見えるが、実際は赤色の裸電球ひとつなので暗い。


注意点は、コンセントがイギリス式であること。
ユーラシア大陸の広範囲で、そしてアフリカ北西部でも、丸ピンタイプのプラグひとつでだいたいいけるが、イギリス、アイルランド、そしてここガンビアでは違う。
マルチプラグを持っていれば問題ない。

Wi-Fiは、宿に併設されているレストランで使える。
食事もここですると安い。

流れている音楽は、マイケル・ジャクソンだったりジャジーなものだったり。

こんな小さな国でも、周辺国とこれだけ違う。
結局、弱小な国では、どの国に植民支配されたかということに大きく左右されるのだ。
独立して半世紀以上が経った今もなお。

ガンビアダラシ。





Ziguinchor, Senegal



セネガル(Karang) → ガンビア(Fass) 国境越え

セネガル側
右手に現れる建物で出国手続き。
出国は手前の窓口、逆方向から入国する人は奥の窓口。

出国側は20人ほどの行列ができていた。
僕以外は全員セネガル人またはガンビア人。
割り込んでくる人はおらず、間合いを詰めようと押す人もいない。
こういうところは他の貧困国に比べてお利口さんだ、今のところ。

流れは緩慢。
どんなに待たせようが窓口の人員を増やす気配はなく、アフリカンな時間が流れる。
指紋と顔写真を撮って、スタンプをもらって出国完了。

両替
国境には明確なラインも緩衝地帯もなく、売店や両替屋などがある。
ガンビアビザ支払いのため、ここの両替屋でガンビアダラシを入手。
すかさず物乞いの少年がつきまとってくる。
どうして誰かが両替したら自分におこぼれがもらえると思ってしまうのか。

ガンビア側
右手に現れる建物で入国手続き。

最初に通された部屋では、お決まりの質問をいくつかされて係員がノートに記入するだけ。
この時「いくらか寄付してくれないか」と言われた。
賄賂ではなく本当に寄付願いっぽかったが、この後高額なビザ代を払うというのに寄付なんかするわけない。
断っても特に何も言われず、問題なし。

次に通された部屋で、ビザ取得。
ガンビアは、西アフリカでは数少ない、国境でアライバルビザが取得できる国。
3000ダラシ(6745円)。
ユーロでもCFAでも支払えるが、早口だったのでそちらの額は失念。
事前情報によると、ダラシでの支払いがもっとも割安とのこと。

「何日滞在する?」と何度も聞かれ、適当に「1週間」と答えた。
スタンプには20日の滞在許可と書かれていた(ビザはシールなしスタンプのみ)。

「クリアランスは持っているか?」とも聞かれた。
クリアランスとは、荷物制限許可書のようなものらしい。
車やバイクの人はもしかしたら必要なのかもしれない、でまかせで「自転車で旅してるから持ってないし必要ないでしょ」と言ったら、すんなり「うん」と言われた。

所要トータル1時間。

セネガルなのかガンビアなのか、あいまいな国境で売られていたマンゴーは500CFA(95円)だった。



Ziguinchor, Senegal



マンゴー街道





田舎の村はゴミも散乱しておらず、きれいだ。







トゥバクタ。








ランブと呼ばれるセネガル相撲。



トゥバクタは小さな村だが、日本人を含む外国人が訪れる。
マングローブへのツアーやガイドなどの誘いの声が次々にかかる。
僕はすべてお断りだが、「ホテルに案内してやる」と言ってくる人もいる。
絶対後でチップを要求してくるだろうから相手にしたくなかったのだが、そんな僕の警戒心を見通してか、「助けたいだけだよ、何も要求しないよ」と、本当に親切で案内してくれた。
意外に悪人がいない、善人なのか悪人なのかの見極めが難しいところだ。



案内されたのは、地図にも載っていない、看板も出ていない宿。
オーナーさんも誠実な人だった。
朝食付きで10000CFA(1903円)。



この椅子、すごく座り心地いい。


お隣りのベルギー人と朝食をともにし、いろいろ話をした。


マンゴーの並木道。


自国生産できる物はやっぱ安いんだね。




蟻塚ですね。


村をはずれると、サルをたくさん見かける。
警戒心が強いようで、素早く隠れてしまってなかなか写真撮れない。

かろうじて撮れた遠方からの1枚、ピンぼけ。



Ziguinchor, Senegal

20123km



2019年4月27日

カオラク

路上の果物屋さんでマンゴー!


こんなどっさりで500CFA(94円)。

小ぶりだけど、味はちゃんとマンゴー。


その場で食べようとしたら、店の女性が中に入れてくれて、椅子と水を用意してくれた。


熱帯に来たらマンゴーだよね。
マンゴーが高かったりマズかったりしたら熱帯に来た意味がないと言ってもいい。
しばらく、走行中の食はマンゴーでいく。

サリーという街で1泊。
必要な物すべてそろったちゃんとした宿で12000CFA(2277円)。
いやまだ十分高いのだが、セネガル前半のとんでもない割高の宿の後だと安いなと感じてしまう。
冷蔵庫付きというのがすばらしかった。

サリーもけっこう大きめの街で、朝はやはり渋滞。


セネガルでこんな立派なモスクを見るのは初めて。


サリーの先は、ルートはいったん内陸へ向かう。
また恐ろしいほどの気温上昇。
ダカールなんかは涼しい風が吹いていたのだが、内陸は別世界。

教会や十字架が見られるようになった。


時々見かけるこの絵も宗教関連?


誰?


おなじみ、世界各地で見られる男の子のおもちゃ。




人の気質が変わった。
村が現れると、老若男女問わず手を振ってあいさつしてくれる。
子供たちは、おちょくってくるわけでもなく、純粋にあいさつしてくれる。

カメラもそんなに嫌がらない。




物乞いの少年も見なくなった。





所々にある木陰の休憩所。


地元の人がバスを待つためのものだと思うが、誰もいなければここで休憩させてもらう。

気づくとやっぱり子供が寄ってくる。


この子たちも、悪さするわけでもなく、何かくれと言ってくるわけでもなく、いい子だった。






これって蟻塚?








そんなに楽しいか。
そんなに喜んでくれると僕も楽しいよ。





この村がイスラムなのかキリストなのかはわからないが、間違っても左手を出してはいけない。
この子たちも誰一人として左手を出していない。



大はしゃぎの子供たちをクールに見張っていたお姉さんたち、「お願い撮らせて!」と言ったら笑顔を見せてくれた。


意外にノリノリ。


大歓迎されて楽しいひとときをすごしたが、現実の気温上昇に危険を感じてきた。
とんでもない暑さだ。

幸い、小さな街が現れると売店で冷えた炭酸が売っている。
高かろうが何だろうが僕はこれを我慢するなんてできない。
ガブガブガブガブ、止まらない。



僕の知人友人たちは僕が言う「暑い」をいつも信じてくれない。
でもこれなら文句なしに暑いでしょう!


なんとか、午前中だけ走行して午後は動かない方針でいけないだろうか。



しかしきったねえな。



そこらじゅうで見るこの人は大統領。


とんがりすぎじゃない?


カオラク。












南下するほど宿代の相場が下がってきた。
カオラクでは10000CFA(1898円)。
ボロ宿だが、一応最低限の物はそろっている。
Wi-Fiも調子良い。
扇風機が命綱。

あ、蚊帳がない。


Kaolack, Senegal

19841km