2018年7月15日

パミールハイウェイ 2

ムルガブから北上。





北風。
緩やかな舗装道路を少しずつ登っていく。



ここから峠に向かって急勾配、そして未舗装化。


標高4300mを超えたが、こんなところにも人が住んでいる。


また強い商売っ気を感じたが、休みたかったし腹も減っていたので、お誘いに乗っかった。

やはりキルギス族。






後ろを振り返ると、5年前に新疆で見たムスターグアタ山(7546m)がここからも見えるという話を聞いたが、まったく見えない。


↓これ。


峠はあれか。


標高4655m。


一応、パミールハイウェイの最高地点なんだけど。
パミールの峠はなんとも殺風景、旅人の達成感など一笑に付される。
この点、チベット圏ではタルチョで盛大に飾り付けてあって気分も盛り上がったんだけどな。



とりあえず避暑。




しばらく下り、未舗装、向かい風。



標高4100m。
この風じゃキャンプは厳しいかなと思っていた夕刻、キルギスの遊牧民家が現れた。
中からお姉さんが出てきて、当たり前のように僕を中に入れてくれた。



モンゴルではゲルと呼ばれていたこの移動式住居、ここではユルトと呼ばれる。
つくりはまったく同じように見える。





マンティ、ヤクのヨーグルト、ヤクのバター。












僕はまだキルギスに行かないうちに、中国とタジキスタンですでにキルギス族にお世話になった。
自給自足しながら移動する遊牧民にとって、国家あるいは国境はどんな意味を持つのか。
キルギス族の独立運動なんて聞いたことない、我々と似た顔をしていてもその人生は想像を超える。
でもかれらは、タジク人でもなく中国人でもなくキッパリ「キルギス人だ」、と明確なアイデンティティを持っている。
(発音は「クルグス」、「ル」は軽く巻き舌っぽく聞こえる。)



翌朝出発しようとしたら、こんな看板があったのね。



Sary Tash, Kyrgyz



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