2018年10月17日

ドナウ川



ウクライナにいた時は、秋というよりは冬の到来を感じるほどだったが、セルビアまで南下すると、もう暑い。
ちょうど東京の10月中旬と同じぐらいの気温だろうか。







ドナウ川のほとりで1泊。


テントの中にいると、音の距離感ってわからないものだ。
釣り人たちの声や足音がすぐ近くに聞こえて警戒モードになってみたら、想像以上に離れたところからの音だったり、すぐ背後で夜通しヤギの鳴き声が聞こえて、朝になって確認してみたらはるか崖の上にいた。







SIMはたった1日で使えなくなってしまった。
川の対岸はルーマニア。
ルーマニアのSIMを挿してみてもダメだった。
ブルガリアではルーマニアのSIMが使えたのに、こんなすぐ近くでもセルビアでは使わせてくれないのか。

街でフリーWi-Fiスポットを見つけてジェリコにメールして聞いてみたら、課金してアクティベートする必要があるらしい。
キャリアによってもプランによっても違うだろうが、500MB使うごとに75ディナール(82円)、ショートメールしてアクティベートする。
こんなの外国人にはわかりっこない、でもジェリコが助けてくれてなんとか復活できた。









強い追い風。
この日は6人ものサイクリストと出会った。
皆逆方向で、向かい風を食らっていた。
つらかろう。









大河だな。


墓場キャンプ。


前方にドナウ川、背後に墓地。





あ、43歳になりました。


Beogard, Serbia

9630km



2018年10月13日

ネゴティン

6年ぶりのセルビア再訪。


僕にとっては特別な国。
会いたい人がたくさんいる。
この国の空気をもう一度感じたい。



見覚えのある標識、ドナウルートだ。


6年前とは違うルートなので、首都ベオグラード以外は初めての場所ばかりになると思う。

街並み、家並みが今までの国とだいぶ違う。
なんか家デカイ。


派手な墓場。




墓石に顔写真がプリントされる国はけっこう多い。




ネゴティン。


墓場を見た直後に今度は結婚式。








今までとは明らかに国民性が違う。
皆やさしく親切で、笑顔を見せてくれる。
高校生ぐらいの少年たちが、日本語で「コンニチハ!」と言ってきたので驚いた。



キオスクでSIM購入。
3店ほどキャリアがあるのだが、SIMはキオスクで買うように言われた。
telenorというキャリアで、10GBで300ディナール(329円)。
有効日数があるはずだが、キオスクのおばちゃんの英語がわかりにくかった。
まあ、使えなくなったらチャージすればいい。



Guesthouse and Camp for Adventurers。






すばらしい。





オーナーはコーヒーを入れてくれて、僕の旅について聞いてくれて、いろいろ話をした。
6年前のニュースを覚えてくれていた。



本来、テント泊で950ディナール(1043円)、部屋が1500ディナール(1647円)なのだが、テントの金額で部屋に泊まらせてくれた。

部屋を見てびっくり。


キッチンに冷蔵庫に、まるでアパートの一室。


こんな最高の部屋にこんな格安で泊まれるとは、なんか申し訳ない。

共用キッチンもある。


我ながら最高の出来栄え。


牛肉450g、タマネギ(大)1個、何かの葉っぱ、ニンニク、米2.5合。
満腹とはいかないまでも、こんな上手につくれてしまう自分に満足感。
もうスパゲティは食べたくないな。


Negotin, Serbia



ルーアニア(カラファト) → ブルガリア(ヴィンディン) → ブルガリア(ブレゴヴォ) → セルビア(ネゴティン) 国境越え

ブカレストからブルガリア国境までの約320kmはのっぺりとした農場が続き、写真1枚も撮らず。

強いて言えば、キャンプしたところがイバラの森で、一度に2ヶ所パンクし、クロックスの裏もトゲだらけになり、寝る時に頭がチクチクするなと思ったら頭にトゲが刺さったまま寝ようとしていたりなど、いろいろ痛い一夜があった。

追い風感はあまりなかった。

イヌに追われる頻度は日に日に減ってきた。

ルーマニア人は、ガンガンからんでくるわけではないが、かといって無愛想ぶっきら棒というわけでもなく、ほどよく穏やかでやさしかった。
田舎街でも英語はある程度通じる。

ルーマニアレウ。




ルーマニア → ブルガリア
ドナウ川が国境となる。
橋のかなり手前にイミグレーションがある。
大型トラックが列をなしているが、歩行者自転車は専用レーンに行く。
他に越境者はいないので待たされることもなく、質疑も荷物チェックもなし。
ここでルーマニア出国スタンプだけでなくブルガリア入国スタンプももらえる。
両国ともにEU加盟国でありながらシェンゲン非加盟国なので、両国間で何か協定を結んでいるのかもしれない。
ブルガリア側にはイミグレーションも何もないので、逆方向の人は出国スタンプをもらわずにルーマニア側まで来てしまうから不安になりそうだ。

90日以内の滞在であればビザ不要。

立派な橋、広い歩道もある。


美しく蒼き。




両国側ともに小さな街があるが、ATMや両替所などは確認していない。

ブルガリアはわずか40kmの横断。
お金をまったく使わずに、というか使う店もないほど農場が続くだけ。

ルーマニアのSIMでそのままネット接続できた。
もしかしてEU加盟国は共通で使えるものなのだろうか。



ブルアリア → セルビア
両国側ともにイミグレーションでパスポートを渡してスタンプをもらうだけ。
他に越境者はいないので待たされることもなく、質疑も荷物チェックもなし。

90日以内の滞在であればビザ不要。

ブルガリア側のブレゴヴォは小さな街で、ATMも両替所も確認してない。
セルビア側は13km先のネゴティンの街まで行けばATMも両替所もある。


Negotin, Serbia

9345km



2018年10月9日

ブカレスト

首都ブカレスト。








噴水大好きかよ。



季節は秋に向かっているが,、だいぶ南下したので暖かくなってきた。
日中は20℃以上ある。



チャウシェスクの館。


古代よりダキア人が居住したこの地にローマ帝国が侵入して混血し、今も民族的言語的にラテン系であり、国名もそのまま「ローマ人の国」という意味で「Romania」となっている。
オスマン帝国、オーストリア、ハンガリーなどによる支配を経て、1878年に独立。
第二次大戦後はソ連の圧力によって共産化、社会主義国となった。

1974年に大統領となったチャウシェスクは独裁政治を強め、贅沢三昧な生活を送った。
そんな中で建設されたこの「国民の館」は、アメリカの国防総省ペンタゴンに次ぐ世界で2番目に巨大な建造物であり、贅の限りを尽くした絢爛豪華なつくりとなっており、現在も議事堂として使われている。

一方で国の経済は破綻状態で、食料も物資も不足して国民は貧窮していた。
ソ連末期に東欧諸国が民主化へと動き出す中、ルーマニアでもチャウシェスクへの不満が爆発し、1989年に革命が勃発、大統領夫妻は逃亡したが身柄を確保され、夫婦ともに銃殺刑された。
処刑の様子はテレビで世界中に放送され、ベルリンの壁崩壊と並んで東欧民主化の象徴的事件となった。

2007年EUに加盟。





ようやく、両替所でモルドバレイを両替できた。
日本円からイスラエルシェケルまで、幅広く扱っている。





英語の通用度はとても高い。
冷戦中はソ連の影響下にあったとはいえ、やはり旧ソ連諸国とは明確な違いを感じる。







日本のようなコインパーキングがないのはもちろん、家にも車庫がないのか、完全に道路が駐車場になってしまってる。




車道と歩道の間に駐車スペースが設けられていれば邪魔にならない、でもこれでも足りないんだろうな。


Cozyness Hostelに滞在。
ドミトリー1泊32レウ(891円)。

今までの宿と明らかに質が違う。
まず、客が皆外国人旅行者。
すれ違えばあいさつするし、流暢な英語で会話もするし、礼儀、マナーも悪くない。
スタッフもちゃんと仕事してくれる。
建物の構造上ちょっと不便な点もあるが、人が良ければリラックスできる。
これが旧ソ連とEUの違いか。

日本人2人と出会った。
他に東洋人はいない、やっぱ日本人旅行者って多いんだな。









僕がつくるメシはどこへ行っても大好評。
「おいしそう!」
「いい匂い!」
「You are a good chef!」
と皆さん絶賛してくれる。



イラン人のグループに豚肉をごちそうになり、酒を飲まされた。
「本当にイラン人? ムスリム?」
「無宗教のイラン人だっているんだよ、おれは豚肉食べるし酒も飲む。」
そうなのか。

酒を飲むと眠れなくなるのは僕だけだろうか。
動悸が激しくなり、心臓がバックンバックンと胸を打ちつけ、覚醒して目が冴え、まったく眠気がやって来てくれず、深夜3時頃になってようやく眠れた。



ペダル交換した。


ウクライナからどうも、ペダルに違和感があった。
外してみたら、シャフトが若干曲がっている。
心当たりは、やはり飛行機に乗った時に乱暴に扱われたせいだろう。
今まではパッキングする時にペダルまで外したことはなかったのだが、最近やけに扱いがひどい、今後はペダルも外すべきだろうか。
近くの自転車屋で100レウ(2779円)で購入。

フレーム交換代にしてもこのペダルにしても、弁償はしてくれないだろうけど、あなたのせいでこれだけ損害を被っているんですよというのを航空会社に見せつけてやりたい、知るだけでいいから知らしめたい。

予報によると、明日からは追い風になりそうだ。
期待。


Bucharest, Romania



2018年10月8日

モルドバ(ジュルジュレシュティ) → ルーマニア(ガラツ) 国境越え

ウクライナ → モルドバの時と違って、ここは車での越境がメイン、歩行者は見かけない。

モルドバ側
パスポートコントロールで出国スタンプをもらうだけ。
質疑も荷物チェックもなし。

数百mの緩衝地帯を越えて、ルーマニア側へ。
写真撮るの忘れてしまったが、ドナウ川が国境となっている。
ドナウ川は全長2850kmでヨーロッパ最長(ロシアをヨーロッパとみなさなければ)。
6年前にドイツやオーストリアでドナウ川沿いの自転車道を走りセルビアでも見た。
ルーマニア東部で黒海に注ぐ。

ルーマニア側
数台の車が並んでいて、車の中をチェックされているようだった。
僕はどこへ行くべきかわかりにくかったので、その辺の係員に聞いた。
係員は英語が話せて、職務質問というよりは興味本位で僕にいろいろ質問してきて、冗談も言い合って、雑談になった。
荷物チェックは口頭で質問されただけ。
「武器は持ってるか? ドラッグは持ってるか?」
仮に持ってたとしても「持ってない」って答えるよ。
係員はフルーツを食べながら僕のパスポートにスタンプをした。
「おまえも食べるか? 持ってけよ。」
なんだかモルドバ人とはだいぶ気質が違うな、本当に同民族?

90日以内の滞在であればビザ不要。



係員からもらったプルーン。


モルドバ側には国境近くに数軒の店、GSあり。
GSにはATMあり、Wi-Fiあり。

ルーマニア側には何もなし。
約15km先にあるガラツという街まで行かなければならない。

ガラツの街には両替所がたくさんあるが、余ったモルドバレイを両替してくれる店はない。
ドル、ユーロ、ルーブル、スイスフランなどは扱っていて、隣国の同民族の通貨は扱わないなんて、不憫だな。

Orange storeでSIM購入。
1ヶ月有効で56GB、28レウ(784円)。
56GBと聞いて「えっ!?」と聞き返してしまった。
そんな使い切れるわけないよ。

SIMを買って、いつでもどこでもネットができるという無敵感。
モルドバでは買わなかったが、やはり不便だった。
一度この便利さを味わってしまうと、後戻りできなくなるな。

ここルーマニアから、EU圏に突入。
しかし、街並みは相変わらず共産チック。




まだまだ「鉄のカーテン」の内側。
ソ連圏は実に広大だ。

ブライラという街で、ドナウ川。


EU圏に入ったからか、CarrefourとかLIDLとか、ヨーロッパ定番のスーパーが現れるようになった。
チョコチップクッキーも売ってる!
まったく、こいつは麻薬だぜ、切らすと禁断症状が出やがる。



ルーマニアの面積は本州と同じぐらい、人口は1900万人。
中部から北西部にかけては山脈もあるが、この辺の南部は平原。
アップダウンはなくなったが、都市を結ぶハイウェイで交通量が多いのに、道幅が狭い。
強めの横風で、トラックとすれ違うとさらに突風が吹き、ハンドルがブレる。



イヌは相変わらず。
すべてのイヌが攻撃してくるわけではないが、ちょっと増やしすぎなんじゃないのってぐらい、あちこちイヌだらけだ。
路上には、轢死体も数多く放置されている。
どんな事情があるのか知らないが、野生動物じゃないんだから、人間の管理に問題があるはずだ。



メインロードをはずれて、しばらくセカンドロードを進む。




また未舗装になるかもとちょっと不安だったが、ちゃんと舗装されているし、圧倒的に交通量が少ない。
静かで気が休まる。









首都ブカレストまで、再びメインロード。


路肩未舗装なので車道を走る。
しかも車道の端だけ路面が滑らかじゃない。
すごい交通量、この狭い道幅で車はすごいスピードで僕のすぐそばをかすめて行く。
気が休まらない、緊張しっぱなし。


Bucharest, Romania



2018年10月7日

エンドレスアップダウン

前回の投稿、沿ドニエストルの滞在許可について、訂正しました。
現在は役所に届け出なしで、入国時に申し出た日数だけ、最大で45日滞在できるようです。





頻繁にイヌに追われるようになった。
ウクライナからその傾向があったが、ウクライナでは首輪で繋がれていたり敷地から出られないようになっていたことが多かったのでまだ大丈夫だった。
モルドバに入ってからは、飼い犬なのか野犬なのかの判別もつけがたいイヌが襲ってくる。
ふつう、野犬はこちらに興味を持たないものだが、この辺の野犬は飼い犬だった頃の習性が残っているのだろうか。





悪路、アップダウン、向かい風。











坂を登りきると次の登りが見えてくる、黄金のパターン。



この辺はウクライナとの国境が近い。
ウクライナに再入国したい誘惑に駆られた。
物価安いし、SIMはまだ使えるはずだし、チョコチップクッキー売ってるし。
でもいろいろめんどいこともあるので、このままモルドバ走行を続けることにした。

えんえん農地が続くと、寝場所探しが難しい。
ようやく人気のない湖が現れて滑り込んでみたら、釣り人たちがいる。



テントを張っているところを何人かの釣り人に見られてしまったが、もうここで寝るしかない。
ヨーロッパ人がよそ者に無関心であることに賭ける。
うん、本当は良くない、人に見られちゃいけない。
どんなにキャンプに慣れても、やはり危険と隣り合わせだ。



夜。
こぼれる天の川を横切る流れ星。

朝。














コムラト。


水が汲めるってありがたい。


このルックスはもはやモスク?


イヌの襲撃が激化してきた。
7~8匹に囲まれたり、いつ噛まれてもおかしくないぐらい接近してくる。
そろそろ棒っ切れでも用意するか。

一応幹線道路なのに、長い未舗装。


旧市街でもないのに、石畳。


モルドバ最後の夜。
田舎街にホテルが現れた。
規模はそこそこ大きいが、ソビエト風の古びた建物。
これだけボロければ安いだろうと料金を聞いてみたら、なんと600レイ(4042円)、却下。
これから野宿か、と考えていたら、レセプションのおばちゃんが追いかけてきて、「ツインルームで200レイ(1341円)でいいよ。ただし後から単身の客が来たら一緒にさせてもらう。」という条件。
ホステルでもないふつうのホテルで相部屋か、まあそれでもいいか。

部屋はいたってショボい。
きれいにはされているが、元がボロいので何かと不便不具合が多い。
シャワーの排水は当たり前のように流れず、あっという間に洪水になる。
そして、Wi-Fiなし。
今のご時世にヨーロッパの街のホテルでWi-Fiなしとは。

これは、どんなに背伸びしたって1000円以上とってはいけないホテルだ。
やはりモルドバの物価はおかしい。
EU主要国だって、田舎街だったら4000円(€30)も出せば立派な部屋に泊まれるはずだ。

結局、後から客は来ず、200レイでプライベートを確保できた。

逆説的だが、物価が高くなると出費を抑えられる。
今まで緩んでいた気が引き締まって、モルドバではトータルでたいしてお金を使わずにすんだ。



ルーマニアとの国境近くのGSで休憩してたら、めずらしく英語で話しかけられた。
日本人だと答えたら、空手のポーズをとって「オス!」と言われた。
そしてコーヒーと菓子をごちそうしてくれた。



ここんとこ日々いろいろ状況が悪化していたので、少々腐れていた。
最後にこんな優しくしてもらって、一気にモルドバいいところだな、と思うことにした。



モルドバレイ。





Bucharest, Romania

8972km



2018年10月5日

沿ドニエストル

ウクライナとの国境をなすドニエストル川の東側にある未承認国家、沿ドニエストル共和国へ。
国際的にはモルドバ領とされているがモルドバ政府の支配が及んでおらず、独立国家として機能している。

「沿ドニエストル」の画像検索結果

入国
キシナウの中心地から南東へ約60kmの国境。

まずモルドバ側の検問があるが、チェックを受けるのは沿ドニエストル側から来た者のみで、沿ドニエストルへ向かう者はスルー。
モルドバにとってはこの先も自国領なので、パスポートチェックも出国スタンプもなし。

すぐ先に沿ドニエストルのイミグレーションがある。
モルドバ人またはドニエストル人は車から降りもせずにIDカードを見せるだけで通れるようだが、第三国者はパスポートコントロールへ。
「Ryo Asaji?」
「Yes.」
「Today come back?」
「Yes.」
係員とのやりとりは以上。

パスポートにスタンプはされず、個人情報と出国日時がプリントされた紙をもらう。
滞在は最大45日。
宿泊施設に予約した日数を入国時に申し出る。
以前は原則として日帰りで、宿泊するなら役所で届け出る必要があったらしいが、現在はイミグレーションで申し出て、出国期限をプリントしてもらうだけでいい。

https://tiraspol-hostel.com/about/getting-in-out/

イミレーションの建物から出ると、また適当な荷物チェックをされて、入国完了。







またキリル文字。



住民構成は、モルドバ人3割、ウクライナ人3割、ロシア人3割。
モルドバではソ連末期にキリル文字からラテン文字に変更したが、ここでは依然としてルーマニア語もキリル文字を使用している。



ドニエストル川の東側と書いたが、このベンデルという街だけは西側も沿ドニエストル領となっている。

ドニエストル川を越えて東側へ。


首都ティラスポリ。


18世紀にロシア帝国が西の国境を防衛する目的でロシア人やウクライナ人をドニエストル川の東側に移住させたため、モルドバの他の地域に比べてここはロシア人の割合が大きい。
ソ連末期にモルドバが独立の動きを見せ、同族であるルーマニアとの連携を強めたことに対してドニエストル川東側のロシア人が反発し、1990年に沿ドニエストル共和国として独立を宣言した。
1992年、沿ドニエストルの独立を認めないモルドバと戦争になり、沿ドニエストルが勝利した。










なぜこの国は国際社会から承認されないのか?
よくわからない。
武力によって征服して勝手に独立宣言してつくられた国などいくらでもあるだろう。
沿ドニエストルはロシアのバックアップによって独立し、現在も軍事的にも経済的にもロシアの支援がある。
そのロシアですら、承認していない。
もしここを承認したら、アブハジアとか南オセチアとか、ロシアにとって独立してほしくない国が動き出すからなのかもしれないが、大国はそれぐらいのダブルスタンダードはいつもやってることだろう。
沿ドニエストルとしては、承認されないからといって独立国家をやめるはずもなく、前進もせず後退もせず膠着状態のまま、それでも人々は生活していく。 
生まれてきた子供に「この国は世界から存在を認められていないんだよ」と教えるのは少々さびしい。



久しぶりに地元民から話しかけられた。


やはり外国人はめずらしいのか、日本人だと答えると驚いていた。
それから、別の通りすがりの人がロシア語訛りの英語で「Welcome to Dniester!」と言ってくれた。
また、小学生の男の子たちが小声で「キタイ(中国人)」と言ってクスクス笑っていた。



この子は日本人かそれともキタイか、いずれにしてもここにはアジア人はいないはず・・・


ロシア人の多いこの地は以前から経済的に成功していたようで、モルドバより街並みがきれいだ。





SHERIFFという企業の一強なのか、やたらと目につく。



巨大なスーパーだが中はガランとしいて殺風景。
品ぞろえは豊富ではない。
物価はモルドバよりはるかに安い。
チョコチップクッキーはなかった。

独自の通貨もある。
プラスチックのコインがあると聞いて、両替所をまわってみたのだが、どこもかしこも「ない」と言う。
このスーパーにも両替所があり、ようやく見つけた!



五角形のプラスチックコイン、これはレアでしょう。
ギターが弾けそう。
計4種類のプラスチックコインがあるが、同額の紙幣がメインで流通しているので、あまり出回っていないようだ。



日本車も参入してたのか。




マーケットもある。








出国
入国時とは違うルートで。

まず沿ドニエストル側のイミグレーションで、入国時にもらった紙を渡す。
係員に「Good Luck!」と言われて出国完了。

すぐ先にモルドバの検問があり、ここではパスポートをチェックされる。
どこから来てどこへ行くのかという質問に答えて、再入国完了。

ドニエストルルーブル。







Braila, Romania

8759km