2020年3月18日

サンティアゴデキューバ

夜行バスで島の南端サンティアゴデキューバへ。
メキシコにいる時にオンラインで予約した。
料金はなぜかユーロで、€44.88。

バス発着所の建物内はわかりにくく、また謎の行列ができていて、何やら大声を上げている者もいる。
まったく、バスに乗るだけだというのに、何をするにも行列をつくらなきゃならんのか、この国は。
幸い、僕はこれに参列する必要はないようで、Viazulというバス会社の待合所の中で並ぶことなくチェックインできた。

自転車と荷物は追加料金で、50CUC(5267円)。
乗車券とほぼ同額を取られた。

バスは中国製。

後進国でのバスといったらおぞましい記憶ばかり蘇ってくるが、幸い席はガラ空きで、ゆうゆう座れて、エアコンも効いていた。
途中、二度の休憩があり、そのうち一度は食事休憩だった。
夜なのでよく見えなかったが、車窓からの風景は実に退屈そうだった。

朝、到着。
街へ向かおうとすると、英語を話す男が寄って来た。
「いい宿を知ってるから案内するよ、カモン!」
世界旅行を経験したことがある者なら、頼んでもいないのに自ら案内しようとする輩には反射的に拒絶反応を起こしてしまう。
後で必ずチップを要求してくるからだ。
でもこの男からはどうも悪人の匂いがしなかったので、乗っかってみた。

連れて行かれた宿は立派な部屋で、15CUC(1580円)。

この街には10CUC(1053円)のドミトリーがあるという事前情報を得ていたのだが、この個室でこの料金ならこっちの方がいい。
さらに案内人は、僕の走行予定ルート上にある安宿情報をメモしてくれた(例によって手書き文字なので解読不能なのだが)。
親切にされればされるほど、不安になる。
でも結局彼はチップを要求することなく、いつの間にやらスッと去ってしまった。

サンティアゴデキューバ。





エンジン付き自転車をよく見る。

時々英語で話しかけてくるドレッドはジャマイカ人だろうか。

けっこう、チノチノ言われる。
街を歩いていても言われるし、宿のおばちゃんも僕に用がある時はチノと呼ぶ。



初めてスーパーで買い物をした。
絶対こんなんじゃ生活できないでしょう、っていう乏しい乏しい品ぞろえ。
最重要である炭酸やジュースはどこのスーパーにも売っていない。
水は、店によって売ってたり売ってなかったり。
満足な食材もそろわないので自炊は断念するが、せめて日々の習慣であるコーヒーは飲みたい。
しかしインスタントコーヒーは売っているものの、砂糖が売っていない。
砂糖といえばキューバの主産業であり、僕の主食でもある。
なんでスーパーで砂糖が売っていない?

稼働しているレジはひとつだけで、4~5人が並んでいたが、なかなか流れない。
どの客も手で持てるほどの数点の商品しか買っていない。
レジ係は決して急ぐ素振りを見せないし、他のヒマそうにしてる従業員たちもレジを追加する気配なし。
様子を見ていると、金を払わずにIDカードらしき物を見せて何やらサインしたりしている客が多い。
これが配給なのかな。
生活必需品は別に配給されていて、スーパーで売られているのはプラスアルファ的な商品ってことなのかな?




宿にはWi-Fiがある。
でも結局Wi-Fiカードの番号を入力してログインしないとネット接続できない。
キューバでは、どこであろうとネットするなら一律1時間2CUC(210円)かかる。
実はハバナの宿にもWi-Fiがあったのだが、あまりに接続が悪すぎて使い物にならなかった。
ここの宿は、使用しない時はルーターの電源をオフにしてしまうようで、ネットする時はいちいちお願いしなければならない。
まったく、不便な国だな。

全体としてはいい宿だが、目の前の道路に車やバイクが一時停止すると、エンジン音がうるさくてしょうがない。
クラシックカーはキューバの名物のようになっているが、このけたたましいエンジン音とドス黒い排気ガスを見れば、のん気に懐古趣味に浸ってる場合じゃないことは誰でもわかるだろう。

スーパーでは、水とシャンプーとクッキーを買った。

水のメーカーは、社会主義らしく1社のみ。
1.5Lで0.70CUC(73円)。

いつも水は飲まない僕も、炭酸が入手できないので、とうとう水を飲まざるをえなくなった。
それに、とりあえずペットボトルがなければ自転車走行できない。

走行開始。

ここからハバナまで、ざっくりキューバを縦断する。

依然としてGPS遅い。
街中でも田舎でも、現在地を把握するのにしばらく時間がかかる。

初日はあまり長距離走らず、小さな街でストップ。
なんとなく嫌な予感はしていたが、マップに書かれているホテルはつぶれていた。
どうしようかと立ち止まった瞬間、その辺の人が声をかけてきて、宿探しを手伝ってくれた。
やはりチップ目的ではない、親切心でわざわざ連れて行ってくれる。

カサはマップに記載されていないことが多い。
大きな街ならそこら中にあるが、田舎街だと自力で見つけるのが難しい時もある。


また立派な部屋で、20CUC(2107円)。

カサというのは、その名の通りホームステイのようなもので、ホテルとは違う。
民家の空室を貸している、Airbnbの走りと言ってもいい。
しかしどのカサも、メキシコの安宿よりきれいだし、つくりもしっかりしているし、大きな欠陥もない。
エアコンもあるし、なんといっても冷蔵庫があるのがありがたい。
メキシコの安宿は、一見きれいな建物でも間近で見るとけっこうボロボロだったり、不具合も多かった。
経済力ならメキシコの方が圧倒的に強いはずだが、家屋の出来はキューバの方がしっかりしている、不思議。

街では、ひたすらコーラ探し。
しかし見つからない。
今まで旅したどんな貧困国でも、クセの強い独裁国家でも、街に行けば売店やスーパーがあり、何らかの炭酸やジュースが売られていた。
キューバはそこまで極貧でもないのに、生活必需品が入手できない。
こんな国は初めてだ。

街を歩いていたら、
「チノ! チンチョン!」
え~!?
まさかキューバでチンチョン言われるとは思ってなかった。
僕は終始無視したが、おっさんは僕を振り向かせようと必死で「オイ! チノ! チンチャンチョン!」としつこい。
いい歳した大人が、一体どういった精神状態でチンチョンチンチョン言うのだろう?
キューバは教育に力を入れていると聞いたのだが。

あと、60歳ぐらいのおばあさんが、僕に売春を持ちかけるつもりか、シャツから胸元をチラチラ見せるジェスチャーをしてきた。
なかなか荒んでるな。

こういう小さな立ち飲みカフェでジュースを飲める。

しかし、ちっこいコップにチョロっと注がれるだけ。
コップ1杯や2杯飲んだところでこの狂おしい渇きを潤せるわけなかろう。
でかいペットボトルで思う存分ガブガブ飲まなければ。

ありがたいことに、宿で5CUC(526円)の追加で夕食をつくってくれた。

朝食は込み。


うっすら白虹。




サトウキビ畑。








キューバの国土は日本の3分の1ほど。
人口は1150万人。
公用語はスペイン語。

1492年コロンブス上陸を機にスペインに侵略され、カリブ系の先住民は虐殺や疫病によって絶滅した。
スペイン人と、先住民に代わる労働力として連れてこられた黒人奴隷が居住するようになり、混血しながら現在のキューバ人となった。
現在の人種構成は、スペイン系白人51%、ムラートと呼ばれる混血37%、黒人11%。

長年にわたるスペインの圧政に対して、19世紀末にキューバで反乱が起きるようになり、アメリカがこれに介入。
キューバをめぐってアメリカとスペインで戦争になり(米西戦争)、アメリカの圧勝でキューバはアメリカの保護国となった。

1902年キューバは独立したものの、アメリカによる内政干渉、アメリカ企業の進出、グアンタナモ湾に米軍基地建設、と支配者がスペインからアメリカに代わっただけであった。
(グアンタナモは永久租借の契約なので現在も存続しており、世界で唯一反米国家に置かれた米軍基地となっている。)

このアメリカ支配に反旗を翻したのが、キューバ人のフィデル・カストロ。
無鉄砲としか言いようがない戦い方で失敗を繰り返しながらも、アルゼンチン人のチェ・ゲバラと手を組んで、1959年親米政権を打倒し、首相に就任した(キューバ革命)。

アメリカは最初はカストロ政権を認めたものの、キューバにあるアメリカ企業が国有化されると、キューバからの砂糖の輸入を全面ストップし、国交断絶した。
経済的窮地に陥ったキューバに救いの手をさしのべたのが、ソ連。
ソ連との関係を深めたキューバは、社会主義国となった。

アメリカの裏庭とも言える近所に社会主義国が成立したことで緊張が高まる中、1962年キューバにソ連製の核ミサイルが配備されていることが判明。
あわや米ソ核戦争勃発の瀬戸際となったが、ケネディ大統領とフルシチョフ首相の交渉により回避された(キューバ危機)。

1991年ソ連崩壊により再び経済的危機に瀕し、部分的に民営化や経済の自由化を始めた。
2008年カストロ辞任、現在は弟のラウル・カストロが実権を握っている。
2015年アメリカとの国交回復。



写真は撮らなかったが、小学校の壁にもカストロとチェ・ゲバラの肖像が大きく描かれているのを見た。
中国だったら毛沢東、ベトナムだったらホーチミン、ロシアだったらレーニン、の肖像や銅像が今も見られるが、それらよりもキューバの革命戦士の方が神格化され、カリスマ性のあるキャラとなっている。
でも僕の目には、キューバは特に成功した国には見えないし、自由も活気も開放感もない。

カストロは、アメリカに捨てられても自力でやっていく覚悟でアメリカにケンカを売ったのだろうか?
親分に歯向かったら窮地に陥ったので別の親分にすがりついて助けてもらうのが革命戦士?
アメリカに楯突くならソ連にも楯突くべきだった、孤立しようが経済崩壊しようが自分たちの国をつくるんだ、という気概でもあれば大いに共感できたかもしれない。
どのみち大国におんぶに抱っこしてもらわなければ生きていけない貧弱国なら、革命など起こさずアメリカ支配に甘んじていた方が豊かになれたのではないか?







おおお!!!

初めて発見、1.5Lのコーラ!!!
田舎の売店でたまたま。
首都ハバナでさえなかったのに。
2CUC(210円)。

時間をかけてじっくり味わいたかったが、どうにも抑制がきかず、あっという間に飲み干してしまった。

わりとよく見かけるTropiColaは355mlで1CUC(105円)。

缶だとペットボトルの倍のコストがかかる。
缶しか入手できないと、僕はどんなに自制しても1日6本は買ってしまい、コーラ代だけで1日630円ぐらい使っていることになる。
物価の高い欧米でも、スーパーで2Lの炭酸が100円程度で売っていたおかげで旅を存続できたようなものだ。
今の僕にとってはこれこそがキューバ危機、誰かコーラ革命を起こしてくれ。

バヤモという街。


やっぱり宿探しを手伝ってくれる人が現れるのだが、この街からカサでことごとく断られるようになった。
どういう事情かは知らないが、ホテルではなく民泊なので、いつでも部屋が用意されているわけではないのだろう。
だったら看板も下ろしとけやと思う。

あちこちで見かける謎の滝。


何軒もまわって、ようやく投宿。

冷蔵庫を開けると!


ここは天国だ。
上の段はほぼビールだが、下の段はコーラ、しかもあの1.5Lペットボトルもある。
価格は店で買うのと同価格。

Wi-Fiカードがおかしい。
新しいカードを10分だけ使って、いったん切断して、しばらく時間をおいてまたログインしようとすると、タイムアウトになっている。
何これ?

街の公共Wi-Fiだとこういうことはないが、宿のWi-Fiでネットをやると、たしかに切断してもいつの間にか吸い取られている。
使用しない時はルーターの電源をオフにしていた宿、あれはこれを防ぐためだったのか。
欠陥じゃねえか、金返せ。

キューバでの出費。
宿の相場が20CUC(2107円)。
夕食が5CUC(526円)、朝食は込みのところが多いが別料金だと3CUC(316円)。
Wi-Fiが1時間2CUC(210円)。
あとは、割高コーラを何本飲むか次第。

ダメだ、この国。
完全に予算オーバー、長くいられない。

こんな島の端っこまで来てしまったことを激しく後悔。
ハバナ近郊を軽くまわる程度にして、とっとと出国すればよかった。

キューバならではのすばらしいものが見れたり貴重な体験ができるのなら出費の甲斐もあるが、自転車走行はひたすら農場走行、街に着いたらコーラを求めてさまよい歩き、どこにでもあるような食事、どこにでもあるコーラに多額の金をつぎ込み、今やどこでも無料のWi-Fiも有料。
ただムダに出費するためだけにここにいる。

それとも、この不条理こそがキューバならではの体験?
いや、不条理だったら西アフリカで十分体験したので、もうそういうのはいい。
極貧国や辺境の地で不便を強いられるのは仕方ないが、キューバのこの無意味な高出費禁欲生活は何?

キューバはなぜ今も社会主義を続けているのだろう?
多くの社会主義国は、ソ連崩壊前後に民主化はせずとも市場経済を導入して発展してきた。
どんなこだわりがあるのかわからないが、少なくともカストロはマルクスの思想の潮流にはいない。
アメリカと対立してソ連と親密になったから社会主義になった、つまり米ソのパワーゲームの成り行き的なもので、そこに理念などない。
ソ連崩壊から30年になる、今は2020年だというのに、配給なんてやってる場合じゃない。
キューバ人たちはその辺どう思っているのか、を聞けるぐらいのスペイン語力があったらな。


キューバは山は少なく、だいたい平地。
そして風は東寄り。
なのでサンティアゴデキューバからハバナまでは好条件でサクサク進めるはず。

道路は狭く路面はボコボコだが、交通量は多くない。
でもすれ違う車がいちいちクラクションを鳴らしてくる。
だからクラクションは鳴らすなと何度言ったらわかるのかね、このバカどもは。

炎天下でも130kmぐらいは楽に走れて、カマグエイという街。
数多くのカサがあるが、やはり何軒も何軒も断られる。
冷たく突き放すように「No!」「No!」と拒まれ続けると、さすがに荒んでくる。
アメリカのモーテルみたいに「空室あり/なし」の表示でもつけてくれれば、お互いムダな手間が省けるのに。

カマグエイは観光地なのか、白人の集団がいる。
街の中心では、自転車タクシーの客引きが声をかけてきたり、チェ・ゲバラの絵を売りつけてきたりする。
んなクソどうでもいいものより、生きていくのに必要な物を売れよ。
満たすべきものが満たされないと、日々不機嫌になっていく。


Trinidad, Cuba

40120km



2 件のコメント:

  1. >コーラ革命
    駄菓子屋で粉末状のコーラの素を見たことがあります。
    水さえあればいつでもどこでも。
    仇敵アメリカの本物コーラは見かけませんか?

    南国の割に突き抜けた明るい風景はないようですね。
    料理も作りがぶっきらぼうな印象を受けます。
    見た目中央アジアの料理と似てるような。
    あそこらへんも社会主義国なので体制柄の現れでしょうか。

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    1. キューバにその粉末を持ち込んだら次期首相になれるでしょう。
      iPhoneがあるぐらいなのでアメリカのコーラもありますが、レアだし激高です。
      国民感情としては反米は感じません。

      キューバの食は中央アジアとは全然違いますが、わりとどこにでもある味です。
      スペインっぽさもアフリカっぽさもないのが不思議です。

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