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2020年3月24日

ハバナ(キューバ) → メキシコシティ フライト

直行便。
航空会社はAeroméxico。

聞いた話によると、キューバは3月22日以降入国不可(出国は不明)となる。
空港は危惧していたほど混雑していなかったが、通常ではない空気はあった。
空港にいるほとんどの人はキューバ人ではなく、自国へ帰ろうとしている外国人。
欠航や遅延で足止めを食らい、空港泊している人も多いようだ。
幸い、僕の便は予定通りの運航。

到着した時もそうだったが、ハバナ空港はカートが不足している。
空港内を探しまわって、たまたま放置された1台のカートをゲットできた。

余ったキューバペソは自転車と荷物の超過料金でほぼ使い切ったが、わずかに残った。
両替屋で処理しようとしたが、USドルもメキシコペソもなく、あるのはユーロのみ、しかも50ユーロ紙幣しか扱っていないという。
ほんっと、ダメな国だな。
空港の両替屋で、並ばせて待たせておいて何の役にも立たないとは。

キューバ兌換ペソ(CUC)。


キューバ人民ペソ(CUP)。

コインは間違えてCUCを撮ってしまった。
CUPのコインはうまいこと入手できず。


イミグレーションで、また行列。
全然流れない。
出国するだけなのに、何をそんな時間をかけることがあるのか。
コンピューターがフリーズしたのか、ぶっ壊れたのか知らないが、僕が並んでいた列はしばらくストップした後、別のカウンターに移動させられた。
白人旅行者が見るからにイライラしていた。
こんなことで飛行機乗り遅れたらどう責任とるつもりなのかね。
やっぱりもう一度革命起こしてまともな国につくり直した方がいいよ。
僕の番が来て、入国時に買ったツーリストカードを渡して、出国完了。

ちゃんと飛ぶのかどうか最後まで不安だったが、アエロメヒコはちゃんとした航空会社、予定通り飛んだ。
機内で、アメリカから入国した時と同じ保険の紙をもらって記入。
それから、コロナに関するアンケートにも記入。
ここ14日間どこの国にいたか、感染地域から来た人と接触したか、などの質問。
口頭質問よりこの方が時間短縮できる。

メキシコシティ到着。
空港のつくり、規模、利便性はハバナ空港とは雲泥の差。
イミグレーションはスイスイ流れた。
機内でもらった紙を提出し、メキシコに来た目的と滞在期間だけ聞かれて、入国完了。
アメリカから陸路で入国した時は保険でけっこうな額を払ったのだが、今回は無料だった。
自転車も荷物も待つことなくすでに出てきており、何もかもスムーズに、めでたく上陸できた。
今や100以上の国が入国制限している中、オープンにしてくれているメキシコのおかげでなんとか助かった。


Mexico City, Mexico



2020年3月22日

トリニダ

毎日同じことの繰り返し。
街に到着するのも憂鬱でしかない。
どうせまたカサでも「No!」、店で「コーラある?」と聞けば「No!」、と否定され続ける。

進むにつれて、状況はさらに悪化。
宿代の相場が25CUC(2690円)と跳ね上がった。
今までの経験上、料金が上がるほどサービスが悪くなるという傾向がある。
高いカサは、部屋の内装がホテルのように豪華になるだけで、朝食が付かないし、冷蔵庫のコーラが1.5倍の価格だったりする。
内装なんて質素でいいから、身になるサービスをくれ。
しかし本当に不思議、街中で感じる絶望的な物資の欠乏からは想像できない、立派な家具やら装飾品やらはどうやって調達しているのだろう?

一方で、見るからにボロい家屋も多いし、都市部では「金くれ」とか「タバコくれ」とか言われることも多い。
社会主義の理念である「格差のない平等な社会」はやはり実現されていない。

追い風フラットの好条件でも、日に日に力が抜けていく。
走行中は昼食にありつけることはないので、カサで朝食が付かないと、1日の食事は夕食のみとなる。
その唯一の食事も、街中で炎天下を歩きまわってようやく見つけた店がひたすら喉が渇くハンバーガーとかピザとかだったり、うまくいかない時はコーラ1本も見つけられない。
ここは地獄だ。
西アフリカの時と同様、栄養失調待ったなしコース。

飢えと渇きで憔悴しきって街をさまよっている時、女子学生たちが僕を見て「チノー!」「チノー!」と騒ぎ立てる。
「中国人=コロナ」ということか、すれ違う時に僕に近づかないようにわざとらしく大げさに迂回する。
くだらんやつらだ。
やっぱりキューバが教育に力を入れているという話は大ウソだ。

僕も誤解されたくないので、宿に泊まる時は「日本人だけど日本から来たわけじゃないよ」と言う。
すると宿の人は、僕が何を言わんとしているのかをすぐに察して「大丈夫、問題ないよ」と言ってくれる。
浅はかな偏見を持つのは一握りの愚民だけだと思いたい。

高いカサでも、運が良ければ朝食が付く。
ホットミルク、コーヒー、手作りジュース、と3種の飲み物が出る。


ふだんは寝起きにこんな水分摂らないが、キューバ走行はサバイバル。
出されたものはありがたく一滴たりとも残さず胃に流しこみ、1日の苦行に備える。

キューバのコーヒーは濃厚で最高においしい。

エスプレッソのようなキツさはなく、アメリカンのように薄くなく、アラビックのような粉っぽさもない。
砂糖はデフォルトで入っている。
僕はいつもは砂糖とミルクをこれでもかというぐらいドバドバと投下するが、キューバのコーヒーは何も足さずそのまま飲める。

Wi-Fiカードは、ハバナで5枚(5時間分)買っておいたのだが、とっくに使い切ってしまっていた。
正確にはそのうち2枚はほとんど使ってないのに知らぬ間に吸い取られていた。
ハバナではその辺の売人から簡単にカードを買うことをできたが、他の街では入手困難。
どこかしらで売っているはずだが、探しまわってもまた余計に喉が渇くだけなのであきらめて、しばらくオフラインな日々。

トリニダ。

ここもなんか観光地らしい。








どこの街でも配給行列。







サンティアゴデキューバの案内人からもらった安宿情報は、ほとんどが手書きだったので解読できなかったが、トリニダに関してはビジネスカードでもらったので無事たどり着いた。


とても人のいいおばあちゃんの宿。
他に白人旅行者もたくさん泊まっている。

1泊20CUC(2152円)。
夕食10CUC(1076円)、朝食5CUC(538円)。

他の宿は朝食なしで25CUC(2690円)というところもあったから、ここはリーズナブルだと言える。
食事代がやけに高いが、もう節約は忘れよう。
生命維持を第一に考えて、朝夕2食をオーダーした。

ただどこへ行っても、宿泊も食事も5CUC刻みなのが気になる。
ふつうはもっと切れの悪い額になるのが自然なのだが。

冷蔵庫を開けると!


やったー!
今までの冷蔵庫はビール8割コーラ2割ぐらいだったが、ここは半々ぐらい。
よく見たらファンタオレンジ的なものもある、すごい。
価格は標準価格。

一度緊張の糸が切れると、出費は気にせずガブガブと飲み続け、止まらない。
もうどうにでもなれ。

Wi-Fiカードも、ここのおばあちゃんから買うことができた。
宿のWi-Fiに接続するのは怖いので、街の中心広場まで行ってネットをやった。

夕食。

トマトはいつも輪切りなのね。

朝食。

だんだんパワー復活してきた。
満たすべきものが満たされると、機嫌も良くなってくる。
ブログの攻撃的口調も和らいでくる。

カサで朝食が付くかどうかがすごく重要。
料金に関わらず朝食が付かないカサはできるだけ避けた方がいい。

出発する時、次に泊まる街のカサのビジネスカードをもらえることが多い。
こういう紹介制はとてもいい。
自分でぶっつけで見つけるカサよりも、紹介でつながるカサの方がハズレがない。





大まかに、キューバの東側は1泊20CUC(2152円)、朝食は込みのところが多いが別料金の場合は3CUC(322円)。
西側は1泊25CUC(2690円)、朝食は別料金のところが多く5CUC(538円)、が相場のようだ。
Wi-Fiカードは、西側では街の売人や宿でも入手できることが多い。


バラデロとかいうビーチリゾート。



ここもカサでことごとく断られ続けた。
ようやく見つけたが、やはりビーチリゾート価格、朝食別料金で1泊30CUC(3228円)。
しかも冷蔵庫にコーラなし。

灼熱のビーチリゾート、コーラを求めてさまよう。
Tシャツやよくわからん土産物を売っている店があると、「アホか!」と叫びたくなる。
生命を維持するのに必要なものを売ってくれよ。
チェ・ゲバラのTシャツなんて世界中で売ってるわ。

ようやく飲み物を売ってそうな店を見つけると、水とビールしかないと言う。
ほんっと、最悪。
僕がこの世で最も必要としない飲み物、それは水とビール。
水とビール以外の飲み物を売ってくれ。

ああ、渇く、、、干からびる、、、

さらにさまよって、ようやくコーラ発見。
いつもこの瞬間、これで一晩乗り越えられる、とホッとする。

翌朝。
カサのおばちゃんから、「キューバも数日内に飛行機キャンセルで封鎖される、ってニュースでやってたわよ」と聞いた。
なんと、、、それは由々しき事態。
おばちゃんの話は正確なところはわからず、ここはネットもつながらないので事実確認できない。
瞬時にいろんなことが頭をよぎった。
他の国ならともかく、キューバに閉じ込められるのだけは勘弁。
急いだ方がいい。

バラデロからハバナまで140km、2日かけて行くつもりだったが、ダッシュで1日で行こう。

途中の街の広場でWi-Fi接続し、メキシコシティへのチケットを確保。
すでに中南米の大半の国が続々と入国制限、国境封鎖している。
とりあえず経過を見守るため停泊するなら最適なのはメキシコシティ、と判断。

すばらしい追い風に助けられた。
朝遅くに出発したが、好調にガンガン進む。








ハバナに到着。
閉まっている店が多く、閑散としている。
とうとうここにも波が押し寄せてきたことを実感。

入国直後に泊まったカサシオマラに戻った。
おばちゃんは僕のことをおぼえていてくれた。
しかし、この宿も閉鎖だという。
この時点で宿泊禁止となっていたが、知った顔だし1泊だけということで、泊めさせてもらった。

今日、メキシコシティに飛ぶ。
チケットはとれたものの、果たして万事うまくいくのか、どうなるかわからない。
メキシコは入国できるはずだが保証はないし、宿が閉鎖されていたらどうするか。
ちょっとドキドキしてる。



La Habana, Cuba

40539km



2020年3月18日

サンティアゴデキューバ

夜行バスで島の南端サンティアゴデキューバへ。
メキシコにいる時にオンラインで予約した。
料金はなぜかユーロで、€44.88。

バス発着所の建物内はわかりにくく、また謎の行列ができていて、何やら大声を上げている者もいる。
まったく、バスに乗るだけだというのに、何をするにも行列をつくらなきゃならんのか、この国は。
幸い、僕はこれに参列する必要はないようで、Viazulというバス会社の待合所の中で並ぶことなくチェックインできた。

自転車と荷物は追加料金で、50CUC(5267円)。
乗車券とほぼ同額を取られた。

バスは中国製。

後進国でのバスといったらおぞましい記憶ばかり蘇ってくるが、幸い席はガラ空きで、ゆうゆう座れて、エアコンも効いていた。
途中、二度の休憩があり、そのうち一度は食事休憩だった。
夜なのでよく見えなかったが、車窓からの風景は実に退屈そうだった。

朝、到着。
街へ向かおうとすると、英語を話す男が寄って来た。
「いい宿を知ってるから案内するよ、カモン!」
世界旅行を経験したことがある者なら、頼んでもいないのに自ら案内しようとする輩には反射的に拒絶反応を起こしてしまう。
後で必ずチップを要求してくるからだ。
でもこの男からはどうも悪人の匂いがしなかったので、乗っかってみた。

連れて行かれた宿は立派な部屋で、15CUC(1580円)。

この街には10CUC(1053円)のドミトリーがあるという事前情報を得ていたのだが、この個室でこの料金ならこっちの方がいい。
さらに案内人は、僕の走行予定ルート上にある安宿情報をメモしてくれた(例によって手書き文字なので解読不能なのだが)。
親切にされればされるほど、不安になる。
でも結局彼はチップを要求することなく、いつの間にやらスッと去ってしまった。

サンティアゴデキューバ。





エンジン付き自転車をよく見る。

時々英語で話しかけてくるドレッドはジャマイカ人だろうか。

けっこう、チノチノ言われる。
街を歩いていても言われるし、宿のおばちゃんも僕に用がある時はチノと呼ぶ。



初めてスーパーで買い物をした。
絶対こんなんじゃ生活できないでしょう、っていう乏しい乏しい品ぞろえ。
最重要である炭酸やジュースはどこのスーパーにも売っていない。
水は、店によって売ってたり売ってなかったり。
満足な食材もそろわないので自炊は断念するが、せめて日々の習慣であるコーヒーは飲みたい。
しかしインスタントコーヒーは売っているものの、砂糖が売っていない。
砂糖といえばキューバの主産業であり、僕の主食でもある。
なんでスーパーで砂糖が売っていない?

稼働しているレジはひとつだけで、4~5人が並んでいたが、なかなか流れない。
どの客も手で持てるほどの数点の商品しか買っていない。
レジ係は決して急ぐ素振りを見せないし、他のヒマそうにしてる従業員たちもレジを追加する気配なし。
様子を見ていると、金を払わずにIDカードらしき物を見せて何やらサインしたりしている客が多い。
これが配給なのかな。
生活必需品は別に配給されていて、スーパーで売られているのはプラスアルファ的な商品ってことなのかな?




宿にはWi-Fiがある。
でも結局Wi-Fiカードの番号を入力してログインしないとネット接続できない。
キューバでは、どこであろうとネットするなら一律1時間2CUC(210円)かかる。
実はハバナの宿にもWi-Fiがあったのだが、あまりに接続が悪すぎて使い物にならなかった。
ここの宿は、使用しない時はルーターの電源をオフにしてしまうようで、ネットする時はいちいちお願いしなければならない。
まったく、不便な国だな。

全体としてはいい宿だが、目の前の道路に車やバイクが一時停止すると、エンジン音がうるさくてしょうがない。
クラシックカーはキューバの名物のようになっているが、このけたたましいエンジン音とドス黒い排気ガスを見れば、のん気に懐古趣味に浸ってる場合じゃないことは誰でもわかるだろう。

スーパーでは、水とシャンプーとクッキーを買った。

水のメーカーは、社会主義らしく1社のみ。
1.5Lで0.70CUC(73円)。

いつも水は飲まない僕も、炭酸が入手できないので、とうとう水を飲まざるをえなくなった。
それに、とりあえずペットボトルがなければ自転車走行できない。

走行開始。

ここからハバナまで、ざっくりキューバを縦断する。

依然としてGPS遅い。
街中でも田舎でも、現在地を把握するのにしばらく時間がかかる。

初日はあまり長距離走らず、小さな街でストップ。
なんとなく嫌な予感はしていたが、マップに書かれているホテルはつぶれていた。
どうしようかと立ち止まった瞬間、その辺の人が声をかけてきて、宿探しを手伝ってくれた。
やはりチップ目的ではない、親切心でわざわざ連れて行ってくれる。

カサはマップに記載されていないことが多い。
大きな街ならそこら中にあるが、田舎街だと自力で見つけるのが難しい時もある。


また立派な部屋で、20CUC(2107円)。

カサというのは、その名の通りホームステイのようなもので、ホテルとは違う。
民家の空室を貸している、Airbnbの走りと言ってもいい。
しかしどのカサも、メキシコの安宿よりきれいだし、つくりもしっかりしているし、大きな欠陥もない。
エアコンもあるし、なんといっても冷蔵庫があるのがありがたい。
メキシコの安宿は、一見きれいな建物でも間近で見るとけっこうボロボロだったり、不具合も多かった。
経済力ならメキシコの方が圧倒的に強いはずだが、家屋の出来はキューバの方がしっかりしている、不思議。

街では、ひたすらコーラ探し。
しかし見つからない。
今まで旅したどんな貧困国でも、クセの強い独裁国家でも、街に行けば売店やスーパーがあり、何らかの炭酸やジュースが売られていた。
キューバはそこまで極貧でもないのに、生活必需品が入手できない。
こんな国は初めてだ。

街を歩いていたら、
「チノ! チンチョン!」
え~!?
まさかキューバでチンチョン言われるとは思ってなかった。
僕は終始無視したが、おっさんは僕を振り向かせようと必死で「オイ! チノ! チンチャンチョン!」としつこい。
いい歳した大人が、一体どういった精神状態でチンチョンチンチョン言うのだろう?
キューバは教育に力を入れていると聞いたのだが。

あと、60歳ぐらいのおばあさんが、僕に売春を持ちかけるつもりか、シャツから胸元をチラチラ見せるジェスチャーをしてきた。
なかなか荒んでるな。

こういう小さな立ち飲みカフェでジュースを飲める。

しかし、ちっこいコップにチョロっと注がれるだけ。
コップ1杯や2杯飲んだところでこの狂おしい渇きを潤せるわけなかろう。
でかいペットボトルで思う存分ガブガブ飲まなければ。

ありがたいことに、宿で5CUC(526円)の追加で夕食をつくってくれた。

朝食は込み。


うっすら白虹。




サトウキビ畑。








キューバの国土は日本の3分の1ほど。
人口は1150万人。
公用語はスペイン語。

1492年コロンブス上陸を機にスペインに侵略され、カリブ系の先住民は虐殺や疫病によって絶滅した。
スペイン人と、先住民に代わる労働力として連れてこられた黒人奴隷が居住するようになり、混血しながら現在のキューバ人となった。
現在の人種構成は、スペイン系白人51%、ムラートと呼ばれる混血37%、黒人11%。

長年にわたるスペインの圧政に対して、19世紀末にキューバで反乱が起きるようになり、アメリカがこれに介入。
キューバをめぐってアメリカとスペインで戦争になり(米西戦争)、アメリカの圧勝でキューバはアメリカの保護国となった。

1902年キューバは独立したものの、アメリカによる内政干渉、アメリカ企業の進出、グアンタナモ湾に米軍基地建設、と支配者がスペインからアメリカに代わっただけであった。
(グアンタナモは永久租借の契約なので現在も存続しており、世界で唯一反米国家に置かれた米軍基地となっている。)

このアメリカ支配に反旗を翻したのが、キューバ人のフィデル・カストロ。
無鉄砲としか言いようがない戦い方で失敗を繰り返しながらも、アルゼンチン人のチェ・ゲバラと手を組んで、1959年親米政権を打倒し、首相に就任した(キューバ革命)。

アメリカは最初はカストロ政権を認めたものの、キューバにあるアメリカ企業が国有化されると、キューバからの砂糖の輸入を全面ストップし、国交断絶した。
経済的窮地に陥ったキューバに救いの手をさしのべたのが、ソ連。
ソ連との関係を深めたキューバは、社会主義国となった。

アメリカの裏庭とも言える近所に社会主義国が成立したことで緊張が高まる中、1962年キューバにソ連製の核ミサイルが配備されていることが判明。
あわや米ソ核戦争勃発の瀬戸際となったが、ケネディ大統領とフルシチョフ首相の交渉により回避された(キューバ危機)。

1991年ソ連崩壊により再び経済的危機に瀕し、部分的に民営化や経済の自由化を始めた。
2008年カストロ辞任、現在は弟のラウル・カストロが実権を握っている。
2015年アメリカとの国交回復。



写真は撮らなかったが、小学校の壁にもカストロとチェ・ゲバラの肖像が大きく描かれているのを見た。
中国だったら毛沢東、ベトナムだったらホーチミン、ロシアだったらレーニン、の肖像や銅像が今も見られるが、それらよりもキューバの革命戦士の方が神格化され、カリスマ性のあるキャラとなっている。
でも僕の目には、キューバは特に成功した国には見えないし、自由も活気も開放感もない。

カストロは、アメリカに捨てられても自力でやっていく覚悟でアメリカにケンカを売ったのだろうか?
親分に歯向かったら窮地に陥ったので別の親分にすがりついて助けてもらうのが革命戦士?
アメリカに楯突くならソ連にも楯突くべきだった、孤立しようが経済崩壊しようが自分たちの国をつくるんだ、という気概でもあれば大いに共感できたかもしれない。
どのみち大国におんぶに抱っこしてもらわなければ生きていけない貧弱国なら、革命など起こさずアメリカ支配に甘んじていた方が豊かになれたのではないか?







おおお!!!

初めて発見、1.5Lのコーラ!!!
田舎の売店でたまたま。
首都ハバナでさえなかったのに。
2CUC(210円)。

時間をかけてじっくり味わいたかったが、どうにも抑制がきかず、あっという間に飲み干してしまった。

わりとよく見かけるTropiColaは355mlで1CUC(105円)。

缶だとペットボトルの倍のコストがかかる。
缶しか入手できないと、僕はどんなに自制しても1日6本は買ってしまい、コーラ代だけで1日630円ぐらい使っていることになる。
物価の高い欧米でも、スーパーで2Lの炭酸が100円程度で売っていたおかげで旅を存続できたようなものだ。
今の僕にとってはこれこそがキューバ危機、誰かコーラ革命を起こしてくれ。

バヤモという街。


やっぱり宿探しを手伝ってくれる人が現れるのだが、この街からカサでことごとく断られるようになった。
どういう事情かは知らないが、ホテルではなく民泊なので、いつでも部屋が用意されているわけではないのだろう。
だったら看板も下ろしとけやと思う。

あちこちで見かける謎の滝。


何軒もまわって、ようやく投宿。

冷蔵庫を開けると!


ここは天国だ。
上の段はほぼビールだが、下の段はコーラ、しかもあの1.5Lペットボトルもある。
価格は店で買うのと同価格。

Wi-Fiカードがおかしい。
新しいカードを10分だけ使って、いったん切断して、しばらく時間をおいてまたログインしようとすると、タイムアウトになっている。
何これ?

街の公共Wi-Fiだとこういうことはないが、宿のWi-Fiでネットをやると、たしかに切断してもいつの間にか吸い取られている。
使用しない時はルーターの電源をオフにしていた宿、あれはこれを防ぐためだったのか。
欠陥じゃねえか、金返せ。

キューバでの出費。
宿の相場が20CUC(2107円)。
夕食が5CUC(526円)、朝食は込みのところが多いが別料金だと3CUC(316円)。
Wi-Fiが1時間2CUC(210円)。
あとは、割高コーラを何本飲むか次第。

ダメだ、この国。
完全に予算オーバー、長くいられない。

こんな島の端っこまで来てしまったことを激しく後悔。
ハバナ近郊を軽くまわる程度にして、とっとと出国すればよかった。

キューバならではのすばらしいものが見れたり貴重な体験ができるのなら出費の甲斐もあるが、自転車走行はひたすら農場走行、街に着いたらコーラを求めてさまよい歩き、どこにでもあるような食事、どこにでもあるコーラに多額の金をつぎ込み、今やどこでも無料のWi-Fiも有料。
ただムダに出費するためだけにここにいる。

それとも、この不条理こそがキューバならではの体験?
いや、不条理だったら西アフリカで十分体験したので、もうそういうのはいい。
極貧国や辺境の地で不便を強いられるのは仕方ないが、キューバのこの無意味な高出費禁欲生活は何?

キューバはなぜ今も社会主義を続けているのだろう?
多くの社会主義国は、ソ連崩壊前後に民主化はせずとも市場経済を導入して発展してきた。
どんなこだわりがあるのかわからないが、少なくともカストロはマルクスの思想の潮流にはいない。
アメリカと対立してソ連と親密になったから社会主義になった、つまり米ソのパワーゲームの成り行き的なもので、そこに理念などない。
ソ連崩壊から30年になる、今は2020年だというのに、配給なんてやってる場合じゃない。
キューバ人たちはその辺どう思っているのか、を聞けるぐらいのスペイン語力があったらな。


キューバは山は少なく、だいたい平地。
そして風は東寄り。
なのでサンティアゴデキューバからハバナまでは好条件でサクサク進めるはず。

道路は狭く路面はボコボコだが、交通量は多くない。
でもすれ違う車がいちいちクラクションを鳴らしてくる。
だからクラクションは鳴らすなと何度言ったらわかるのかね、このバカどもは。

炎天下でも130kmぐらいは楽に走れて、カマグエイという街。
数多くのカサがあるが、やはり何軒も何軒も断られる。
冷たく突き放すように「No!」「No!」と拒まれ続けると、さすがに荒んでくる。
アメリカのモーテルみたいに「空室あり/なし」の表示でもつけてくれれば、お互いムダな手間が省けるのに。

カマグエイは観光地なのか、白人の集団がいる。
街の中心では、自転車タクシーの客引きが声をかけてきたり、チェ・ゲバラの絵を売りつけてきたりする。
んなクソどうでもいいものより、生きていくのに必要な物を売れよ。
満たすべきものが満たされないと、日々不機嫌になっていく。


Trinidad, Cuba

40120km