2018年4月27日

テヘラン 2

標高1200m、首都テヘラン。


夏は暑く、冬は寒いイラン。
緯度は東京と変わりないが、日中最高気温は25℃前後と、標高の高さを感じさせない暑さ。



イランについて。

はるか紀元前よりペルシャ人の国ペルシャとして栄え、古代オリエントを統治してきた。
7世紀にイスラム化し、13世紀にはモンゴルに征服されて荒廃した。

20世紀になって油田が発見されると、イギリスとアメリカにその利益を搾取された。
イランの原油埋蔵量は世界4位、世界の原油の9%を占める。
天然ガス埋蔵量は世界2位、世界の天然ガスの18%を占める。

1935年、国名をイランと改称。
ペルシャというのは西側からの呼称であって、本来は「アーリア人の国」という意味で「イラン」がふさわしいとの主張であったが、他国からは反対され、混乱が生じた。

一度は石油会社を取り戻して国有化したものの、1953年、アメリカとイギリスの策略によるクーデターで親米政権が発足し、再び搾取された。
この時期のイランはアメリカの傀儡政権でアメリカ文化が取り入れられ、ミニスカートの女性の姿も多く見られた。

1979年、イラン・イスラム革命。
ルーホッラー・ホメイニーが本来のイスラムを取り戻すべく起こした革命。
ホメイニーは宗教上の最高指導者であり、かつ政治的最高権力者とするイスラム共和制を敷き、イラン・イスラム共和国を樹立した。
この革命でアメリカ大使館が襲撃されたことで、アメリカはイランと国交を断絶、以来敵対関係が続いている。

1980年、イラン・イラク戦争勃発。
イランはイスラム教シーア派国の筆頭であり、ホメイニーは周辺国で抑圧されている少数派シーア派にも変革を呼びかけていた。
それに憤慨したのが隣国イラクのフセイン大統領。
イラクを支配しているのはスンニ派で、フセインの独裁により少数派のシーア派は虐げられていた。
イラクのシーア派がイラン革命に触発されるのを防ぐため、さらにかねてからの領土係争に決着をつけるため、イラクはイランに侵攻し、8年におよぶ戦争となった。
しかしもちろん、フセインにこの戦争をけしかけたのはアメリカであり、イラクに兵器援助をして、当時アメリカはイラクを手なづけていた。

大国の都合でかき乱され、湾岸戦争からイラク戦争へとつながり、現在も尾を引いている。
日本で受け取る国際ニュースはアメリカやヨーロッパのメディアを経由しているものが多いため、イラン、そしてイスラム世界全体に対しても悪いイメージが刷り込まれているかもしれない。
どの視点で見るかによって善悪なんて簡単に覆る。









テヘランの北部、カスピ海との間にそびえるのはアルボルズ山脈。
最高峰のダマーヴァンド山は標高5610mの火山。







街のつくりは、たとえば家電エリアだったら家電屋だけがズラリと並び、靴屋エリアだったら靴屋だけがズラリと並び、魚屋エリアだったら魚屋だけがズラリと並ぶ。
スーパーマーケットはない。



歩いていると、たびたび声をかけられる。
「ハロー!」、「どこから来たの?」、「コンニチハ!」、「ニーハオ!」など。
「日本から来た」と言うと、やはりすごく驚かれ、「ジャパン! グーッド!」と言われる。

フレンドリーでエネルギッシュ、イスラム特有のこの感じ。
アラブ人、ペルシャ人、パキスタン人、など民族は違っても、イスラム世界に共通するこういう感触が、たしかにある。

もちろん、声をかけてくるのは男性のみ。
でもイランはそれほど厳格ではないのか、夫婦でも恋人でもなさそうな男女が会話している光景も見るし、スカーフを浅くかぶって前髪を大胆に見せている女性が多い。
さすがに車やバイクを運転する女性はいないが。

英語の通用度は高い。
シンプルな英語だったら大抵の人が会話できる。

公用語はペルシャ語。
古代ペルシャより受け継がれている言語だが、現在はアラビア語からの借用が多く、文字もアラビア文字を使用している。



左の列が値段。
アラビア語と同じく右から左へ書くが、数字は左から右へ書く。

初日の晩飯。


この布みたいなやつは、食べていいものなのだろうか?
赤い塊は、トマト。
焼くべきタマネギを焼かず、焼かなくてもいいトマトを焼いてしまっている。
食べ方がよくわからないが、とりあえずこの布みたいなやつに具を包むのだろう。
食べてみると、、、

吐きそう。

ほんとに布を食べてるみたいだ。
葉っぱはハーブのようなもので香りが強く、これはモリモリ食べるようなものではない。
生のタマネギは辛くて、口と胃がおかしくなりそう。

楽しみにしていたイラン旅行、たちまち暗雲がたちこめてきた。

コーラで口直し。


アメリカと国交断絶するということは、アメリカ資本のサービスが利用できないということである。
イランでは、国際キャッシュカードもクレジットカードも使えない。
入国前に十分な額のUSドルを現金で用意する必要がある。
アメリカと敵対しているとはいえ、世界の基軸となる通貨はドル。
ドルさえあれば現地通貨リアルと両替することができる。
以前旅したスーダンもまったく同じ状況であった。

1リアル=0.0026円。

またクソみたいなレート。
US$100を両替すると、公定レートだと420万リアルが来る。
でも100万リアル紙幣とか50万リアル紙幣という高額紙幣があるので、それほど分厚い札束にはならない。

公定レートと闇レートがある。
空港やホテルや銀行ではなく、その辺の闇のおっさんと両替するとお得。
このブログでは公定レートで表記していく。

以前流通していたトマンという通貨で請求されることも頻繁にある。

1トマン=0.1リアル。

これは慣れるしかない。
やけに安すぎるなと思ったら、トマンで言われているだろうから、0を1つ付け足してリアルで払う。
このトマン、10000を意味するモンゴル語から由来しているというから面白い。

滞在している宿は、ドミトリー1泊30万リアル(779円)。
オーナー(従業員?)は、あいさつ程度の日本語を話せる。



Wi-Fiは使えるが、イランはネット規制がある。
ざっと、
✕Facebook
✕twitter
✕YouTube
✕当ブログ(その他メジャーどころのブログもダメっぽい)
○Google(Maps、Photos、Translate、Gmail含む)
○Messenger
○Instagram

中国と同様、VPNを使って海外サーバーを経由すればアクセスできる。
VPNもさまざまな種類があり、アプリもiOSとアンドロイドで異なるので、僕はスマホ、タブレット、ラップトップでそれぞれ異なるVPNを使用している。
パンダとかネコとかウサギとかクマとか、動物の名が多いのがちょっと気になる。

空港でSIMを買おうとしたら、システムがダウンしているのでダメだと言われた。
街中の店に行っても閉まっているので、しばらくSIMなしになりそうだ。


Tehran, Iran